西暦768年 - 春日大社の創建

藤原氏の氏神と氏寺が育てた春日信仰
春日大社の中門と御廊
春日大社の中門と御廊
768年(神護景雲2年)、藤原氏は御蓋山 (みかさやま) の麓に四棟の社殿を造営し、鹿島 (かしま) 香取 (かとり) 枚岡 (ひらおか) から四柱の神々を迎えた。これが春日大社の創建と伝わる。都が平城京 (へいじょうきょう) から移った後も、春日大社は藤原氏の繁栄とともに信仰を集め、全国に約3,000社ある春日神社の総本社となった。

目次

白鹿に乗ってきた神様

春日大社の伝承では、最初に迎えられた武甕槌命 (たけみかづちのみこと) は、常陸国 (ひたちのくに) 鹿島 (かしま) から白鹿の背に乗り、御蓋山 (みかさやま) へ来たという。この「鹿の神使伝説」から、鹿は春日の神の使いとして大切にされた。奈良公園の鹿が人のそばで暮らし、現在も天然記念物として保護されている背景には、この長い信仰の歴史がある。

四柱の神々の合祀

春日大社の朱塗りの回廊
春日大社の回廊
春日大社の本殿には、第一殿の武甕槌命 (たけみかづちのみこと) 、第二殿の経津主命 (ふつぬしのみこと) 、第三殿の天児屋根命 (あめのこやねのみこと) 、第四殿の比売神 (ひめがみ) がまつられる。武甕槌命と経津主命は国土を守る神、天児屋根命は中臣氏 (なかとみうじ) ・藤原氏の祖神、比売神はその后神 (きさきがみ) とされ、四柱を合わせて「春日神」または「春日四所明神 (かすがししょみょうじん) 」と呼ぶ。

藤原氏の氏神と氏寺

春日大社は藤原氏の氏神 (うじがみ) をまつる神社、興福寺 (こうふくじ) は藤原氏の氏寺 (うじでら) である。興福寺は藤原氏の奈良移転に伴って710年に造営され、春日社は768年に創建された。両者は別々の宗教施設でありながら、藤原氏を支える強固な一組として発展した。興福寺の僧は春日社で読経 (どきょう) し、春日社の祭礼にも関わったため、中世には「春日社興福寺」と一体の組織のように扱われた。

神仏習合と春日権現

平安時代になると、日本の神は仏が人々を救うために現れた姿だとする本地垂迹 (ほんじすいじゃく) の考えが広まった。春日の四神にもそれぞれ本地仏 (ほんじぶつ) が当てられ、まとめて「春日権現 (かすがごんげん) 」や「春日大明神 (かすがだいみょうじん) 」と呼ばれた。興福寺は春日の神を法相宗 (ほっそうしゅう) を守る神と考え、神前で仏教の経典を読むなど、神道と仏教が重なり合う信仰を育てた。春日曼荼羅 (かすがまんだら) や『春日権現験記 (かすがごんげんげんき) 』は、この神仏習合 (しんぶつしゅうごう) の姿を今に伝えている。

神木を使った強訴

中世の興福寺は、朝廷や幕府に要求を認めさせるため、春日の神が宿るとされた (さかき) の「春日神木 (かすがしんぼく) 」を奈良から京都へ運ぶことがあった。神木を都へ入れることは、春日神が奈良を離れ、都へ怒りを示すという強い宗教的圧力になった。僧兵 (そうへい) らが大勢で要求を突きつける強訴 (ごうそ) では、神木が興福寺の主張に神威 (しんい) を与える象徴として使われた。朝廷側は神罰 (しんばつ) を恐れ、その対応に苦慮した。

春日若宮おん祭

1132年から続いた大雨や洪水で飢饉 (ききん) と疫病が広がると、藤原忠通 (ふじわらのただみち) は春日大社の若宮に救いを求めた。1135年に若宮の社殿を造り、翌1136年に祭礼を行ったのが春日若宮おん祭の始まりである。毎年12月、若宮の神を御旅所 (おたびしょ) へ迎え、田楽 (でんがく) 猿楽 (さるがく) 舞楽 (ぶがく) などを奉納する。長い歴史をもつ神事芸能は、国の重要無形民俗文化財に指定されている。

明治の神仏分離と廃仏毀釈

1868年、明治政府は神道と仏教を分ける神仏分離令 (しんぶつぶんりれい) を出した。これをきっかけに仏教を排斥する廃仏毀釈 (はいぶつきしゃく) が各地で起こり、春日大社と興福寺も制度上切り離された。春日社での日常的な読経 (どきょう) は途絶え、仏教に関係する名称や品々が境内から除かれた。興福寺では僧が春日社の神職へ転じ、寺領 (じりょう) も失われて一時は廃寺 (はいじ) 同然となったが、1881年(明治14年)に再興が認められた。現在は別の宗教法人である一方、両者は歴史的な結びつきを伝える行事を続けている。

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