Alpha 21064はクロック数で他社を圧倒

1992年発表
Alpha 21064
Alpha 21064
Alpha 21064 は、Digital Equipment Corporation(DEC)が1992年(平成4年)2月に発表した64ビットRISC マイクロプロセッサである。開発コード名は「EV4」、発表時の型番は「DECchip 21064」といった。最高200MHzという当時破格の動作周波数を誇り、CISC全盛だったパソコン市場を尻目に、ワークステーションやサーバーの世界に衝撃を与えた。

目次

開発経緯

DECは1977年(昭和52年)にVAX アーキテクチャを発表し一時代を築いたが、CISC の複雑な命令セットが性能向上の足かせとなっていた。1988年(昭和63年)、OpenVMS の設計者デイブ・カトラー が主導した後継計画「DEC PRISM」は、社内の意見対立により開発中止に追い込まれた。
1989年(昭和64年)、PRISMの技術を引き継ぐ形で新プロジェクト「Alpha」が始動した。目標は32ビットVAXのCISC設計を捨て、64ビットRISCへ完全移行すること。DECは今後25年間で性能を1000倍に高めるという野心的な指針を掲げ、開発チームをダーク・マイヤーエドワード・マクレラン が率いた。
Alpha 21064 ダイ写真
Alpha 21064 ダイ写真
最初の試作チップ「EV3」は1.0μmプロセスで製造され、FPUを持たずキャッシュも1KBのみという簡易版だった。EV3は「Alpha Demonstration Unit(ADU)」と呼ばれる実験用マルチプロセッサ機に搭載され、OSやファームウェアの開発に使われた。
1992年(平成4年)2月25日、量産チップ「EV4」が第39回ISSCC(国際固体素子回路会議)で発表された。型番は「DECchip 21064」。同年9月に量産出荷が始まり、1994年(平成6年)に「Alpha 21064」へ改称された。DEC初の商用Alphaマイクロプロセッサであり、Alpha命令セットの最初の実装でもあった。

時代を凌駕した圧倒的な動作周波数(クロック速度)

Alpha 21064 は発表時点で150MHz、1993年(平成5年)2月には200MHz版が投入された。当時のインテル製 80486 が最高でも66MHz程度だったのに対し、Alpha 21064 はその3倍以上の周波数で動作し、パソコン業界に衝撃を与えた。

1992年(平成4年)から1993年にかけて、Alpha 21064 は世界最速のマイクロプロセッサの座にあった。IBMのPOWER2(複数チップ構成)が登場するまでその地位を保ち、単一チップとしては1993年(平成5年)10月のAlpha 21064A(275MHz)登場まで首位を守り続けた。

当時、高クロックはECL(エミッタ結合論理)を用いたミニコンピュータやメインフレームの専売特許だった。Alpha 21064 は、CMOS製造技術のみでECL級の動作周波数に到達した最初のマイクロプロセッサとして高く評価された。

ピュアな「フル64ビット」アーキテクチャ

Alpha 21064 は整数・浮動小数点それぞれに64ビット×32本のレジスタを備えた「フル64ビット」設計である。当時主流だった80386R3000 のような32ビットアーキテクチャに16/32ビットの互換性を後付けした設計とは一線を画す。

仮想アドレスは43ビット(8TB)、物理アドレスは34ビット(16GB)まで対応した。過去のしがらみを持たない「クリーンシート」設計だったため、レジスタ幅・アドレス空間ともに将来の拡張を見据えた余裕のある構成が可能になった。

バイト単位やワード単位のロード・ストア命令をあえて持たず、32ビット・64ビット単位のアクセスのみに限定した点も特徴である。これにより回路が単純化され、高クロック動作との両立を実現した。

高クロックを支えた「徹底的にシンプルなRISC思想」

Alpha 21064 のアーキテクチャ
Alpha 21064 のアーキテクチャ
Alpha 21064 は2命令同時発行のスーパースカラ かつ「スーパーパイプライン」構造を採用した。整数演算パイプラインは7段、浮動小数点演算パイプラインは10段に細分化され、各段の処理を軽くすることで高クロック動作を可能にした。

命令はプログラム順に実行する「イン・オーダー実行」方式を採用し、アウト・オブ・オーダー実行 のような複雑な制御回路をあえて排除した。分岐予測も静的予測と2048エントリの単純な履歴テーブルの組み合わせにとどめた。
命令・データキャッシュはいずれも8KBのダイレクトマップ方式とし、セットアソシアティブ方式を避けて1サイクルでのアクセスを最優先した。乗算器もパイプライン化せず19~23サイクルを要する仕様とし、ダイ面積を節約した。
これらは「複雑な回路を削ってでもクロックを上げる」という徹底したRISC思想の表れであり、性能を命令レベルの並列性ではなく、動作周波数そのものの高さで稼ぐという当時としては大胆な設計方針だった。

巨大な電力消費と発熱

高クロック化の代償は大きな消費電力だった。Alpha 21064 は3.3V駆動で、200MHz動作時の最大消費電力は30Wに達した。同時期の 80486 が5W前後だったことを考えると、桁違いの発熱量である。

431ピンのピングリッドアレイ(PGA)パッケージにはタングステン製ヒートスプレッダが組み込まれ、そこから突き出た2本のスタッドにナットでヒートシンクを直接固定するという、当時としては異例に大がかりな放熱機構を備えた。

のちの微細化版「EV4S」では消費電力を150MHz時21W、200MHz時27Wまで抑えたが、それでも当時のマイクロプロセッサとしては突出した数値だった。高性能と引き換えに大電力・高発熱を許容する設計哲学は、後の高クロック競争の先駆けとなった。

歴史的インパクトと後世への影響

Alpha 21064 は「CMOSでもECL級の速度が出せる」ことを実証し、以後のマイクロプロセッサ業界における高クロック化競争の先鞭をつけた。RISCがCISCに対して優位に立てることを示した象徴的な存在としても記憶されている。

DECでAlphaの設計に携わったダーク・マイヤージム・ケラー は、1996年(平成8年)にAMDへ移籍し、Alphaの「EV6バス」技術を応用して「Athlon」を開発した。EV6バスはAMDの Slot A に採用され、当時のインテル製CPUを上回る帯域幅を実現した。

のちのAlpha「EV7」バスの設計思想は、インテルのQuickPath Interconnect(QPI)にも影響を与えたとされる。Alpha 21064 に始まる設計思想は、DECという企業の枠を超えて業界全体に受け継がれた。

派生品と終焉

Alpha 21164
Alpha 21164
1993年(平成5年)10月、キャッシュを16KBに倍増し、分岐予測器も強化した改良版「Alpha 21064A」(コード名EV45)が登場し、最高300MHzまで動作した。同年には低価格版「Alpha 21066」(LCA4)も発表された。メモリー・コントローラとPCIインターフェースを統合することでシステムの部品点数を減らし、低価格機への採用を狙った製品である。
DEC Multia
DEC Multia
Alpha 21066 はDECのデスクトップ機「DEC Multia」などに採用され、Windows NT が動作する低価格なAlpha機の実現に貢献した。組み込み向けには低消費電力版「Alpha 21068」も用意された。
Windows NTは、特定のCPUに依存しない移植性を設計目標の一つとしていた。開発責任者のデイブ・カトラー は、DECでVMSを設計し、その後継を目指す「Mica」計画にも携わった人物である。Micaの開発中止を機に1988年(昭和63年)にマイクロソフトへ移り、DEC時代の主要メンバーとともにNTの開発を率いた。NTは当初からRISCプロセッサを主要な実行基盤に想定しつつ、普及していたインテル386系への移植も並行して進められた。

闘うプログラマー』によると、開発スケジュールが遅れていた1992年(平成4年)前後、DECはコンピュータ・メーカーとして初めてWindows NTを採用し、自社のAlphaへ移植することを決めた。移植担当者にはDEC時代にカトラーの部下だった技術者が選ばれ、カトラー自身も移植の基礎部分を作って支援した。こうしてAlphaは、Windows NTの移植性を実製品で示す重要なプラットフォームとなった。

この提携には歴史的な皮肉があった。DECは、VAX/VMS事業との競合を恐れてMicaを製品化しなかったが、その約4年後、Micaと設計思想を共有するNTを外部から購入してAlphaに載せることになったからである。カトラーにとっては、DECで実現できなかった移植性の高いOSが、マイクロソフトを介して古巣の新CPUを支える形で復活したことになる。一方のDECにとっても、Alpha向けの本格的なデスクトップOSを早期に確保し、独自ハードウェアをWindowsのソフトウェア資産へ接続するという戦略上の意味があった。
Alphaアーキテクチャはその後も Alpha 21164(1995年)、Alpha 21264(1998年)へと進化を続けたが、1998年(平成10年)にDECを買収したコンパック は2001年(平成13年)、AlphaのIP資産をインテル に売却した。

インテルの Itanium へ主軸を移す方針のもと、Alphaプロセッサ自体は2004年(平成16年)に生産終了となった。1992年(平成4年)の登場からわずか十数年で幕を閉じたが、その設計思想は前述のとおりAMDやインテルの後継製品に受け継がれている。

主要スペック

項目 仕様
メーカー Digital Equipment Corporation(DEC)
発表 1992年2月(開発コード名:EV4)
製造プロセス 0.75μm CMOS-4
トランジスタ数 約168万
チップ面積 233.52mm2(13.9mm×16.8mm)
データ幅 64ビット
汎用レジスタ 64ビット×32本(整数)+64ビット×32本(浮動小数点)
パイプライン 整数7段/浮動小数点10段
1次キャッシュ 命令8KB+データ8KB(ダイレクトマップ)
2次キャッシュ(外付け) 128KB~16MB
CPUクロック 150~200MHz
動作電圧 3.3V単一
最大消費電力 30W(200MHz時)
パッケージ 431ピン ピングリッドアレイ(PGA)

CPUの歴史

発表年 メーカー CPU名 ビット数 最大クロック
1970年Garrett
AiResearch
MP944 (軍用)20bit375KHz
1971年インテル40044bit750KHz
1974年インテル80808bit3.125MHz
1975年モステクノロジーMOS 65028bit3MHz
1976年ザイログZ808bit20MHz
1978年インテル808616bit10MHz
1979年モトローラMC68098bit2MHz
1979年ザイログZ800016bit10MHz
1980年モトローラMC6800016bit20MHz
1983年NECV3016bit16MHz
1984年インテル8028616bit12MHz
1985年インテル8038632bit40MHz
1985年インテルi96032bit100MHz
1985年サン・マイクロシステムズSPARC32bit150MHz
1985年エイコーンARM132bit6MHz
1986年MIPSR200032bit15MHz
1987年ザイログZ28016bit12MHz
1987年モトローラMC6803032bit50MHz
1988年MIPSR300032bit40MHz
1989年インテル8048632bit100MHz
1989年インテルi86032bit50MHz
1990年モトローラMC6804032bit40MHz
1991年MIPSR400064bit200MHz
1992年DECAlpha 2106464bit200MHz
1993年IBM, モトローラ, ApplePowerPC 60132bit120MHz
1993年インテルPentium32bit300MHz
1994年IBM, モトローラ, ApplePowerPC 60332bit300MHz
1995年サイリックスCyrix Cx5x8632bit133MHz
1995年AMDAm5x8632bit160MHz
1995年サン・マイクロシステムズUltraSPARC64bit200MHz
1999年IBM, モトローラPowerPC G432bit1.67GHz
1999年AMDAthlon32bit2.33GHz
2000年インテルPentium 432bit3.8GHz
2001年インテルItanium64bit800MHz
2003年AMDOpteron64bit3.5GHz
2003年インテルPentium M32bit2.26GHz
2006年SCE,ソニー,IBM,東芝Cell64bit3.2GHz
2006年インテルCore Duo32bit2.33GHz
2006年インテルCore 2 Duo64bit3.33GHz
2008年インテルCore i9/i7/i5/i364bit5.8GHz
2017年AMDRyzen64bit5.7GHz
2020年AppleM1/M2/M3/M4/M564bit3.49GHz
2023年インテルCore Ultra 9 / 7 / 564bit5.1GHz

参考書籍

参考サイト

(この項おわり)
header